前回、「倒叙ミステリ」という言葉について、

〈ざっくり「刑事コロンボみたいなやつ」と言ってしまうと取りこぼしてしまう豊かさがある、もっと広いジャンルなんじゃないか/ジャンル名と言うより「形式名」だろう〉

という問題提起(だから偉そうだってば)をしてみました。


②じゃあ「コロンボみたいなやつ」「古畑みたいなやつ」ってなんて呼ぶのよ?


その上でこっちが本編と言いますか、

「だからこそ、『倒叙』というジャンル名でくくられているものを、もっと細かく分類した方が読む人に親切では?」

という提案として、分類案をまとめてみました!

オーソドックスな「倒叙」は大きく、〈探偵サイドの描き方〉〈結末〉の2つのポイントで分類が可能だと思います。

新たに新保博久先生と町田暁雄先生が「倒叙」に関して考察された連ツイを拝読しまして大喜びしてますので、それに関するお話も。


分類ポイントA〈探偵サイドの描き方〉

古今東西「人殺しを主人公にした物語」は山ほどある訳です。それこそ聖書とか。
私は倒叙過激派なので、そういうものの中で、前項でまとめた乱歩が言うところの

「殺人者視点で描かれる作品の中で、探偵小説的興味(トリックなど犯行経路の面白さとサスペンスなどなど……)を色濃く含むもの」

は、なんでもガンガン倒叙と呼んで人に勧めたりしてたわけですが。

町田先生の〈潜在する倒叙〉〈発明された倒叙〉分類は非常に分かりやすく、重要な指針となるものではあるものの、ここで私の企図するのはブックガイド的な分類なので、作者論ではなくテクスト論的に進めていきたいと考えています。

なぜなら「前項で言う『ノワールミステリ』については、作者が倒叙と思って書いたかどうかは作品を楽しむ側には関係ない」からで(「倒叙と思って書いている作品」は当然、その作者の「志向する倒叙のパターン」を前提に書かれているのでより鮮明にジャンル分けできるのは無論ですが)、

ある作品の魅力に触れて「この作品みたいなやつが他にあるならそれも読みたい!知りたい!」という人のニーズに答えられるような、「読む側」基準の分類を想定しています。

さて。ジャンル史として、何を以って「倒叙ミステリ」を呼び分けてきたかと言うと、ひとつは「作中に〈事件を解決するキャラクター〉が登場するか」というのが分かりやすいポイントだったろうと思います。探偵役が出てくるなら探偵小説だろうと。

そして探偵役がどう描かれるかで、まず分類が可能だと思います。
端的に言えば「対決感」の有無ですね。

後述する〈結末〉のつけ方、「いかに犯人が捕まるか」にも関わってくるのですが、倒叙には必ずしも「探偵役とのディスカッションドラマ」が必要な訳ではありません。実際、最後に犯人を逮捕する時にだけやって来る探偵役というのもいる訳です。

しかし、多くの人にとって、「探偵との対決」感こそ倒叙ミステリの華、「古畑っぽい」「コロンボっぽい」と感じる要素なのではないかと思います。私も大好きです!

完璧に思えた偽装工作の些細な矛盾をめぐる言葉の攻防、些細な嘘がさらに矛盾を生み、犯人を追い詰めていくサスペンス……!!!!

この形の原型は、『罪と罰』におけるラスコーリニコフ君とポルフィーリー予審判事の論戦だと言われており、特に「刑事コロンボ」については、クリエイターのレビンソン&リンクが様々なインタビューで「コロンボのモデルのひとりはポルフィーリー判事」だと明言しています。

刑事コロンボ第1作『殺人処方箋』の「大元の大元」は、1960年の『ヒッチコック・マガジン』に掲載された「愛しき罪体」という短編小説でした。
アリバイ工作を弄した犯人の計画と、その破綻を描いたショートストーリーで、町田先生によればトリックの内容はのちの『殺人処方箋』とそう変わりないものの、探偵役にあたる刑事はラスト1ページにしか登場しないそうです。

(マーク・ダヴィットジアク『刑事コロンボの秘密』によると、物語は刑事が犯人を逮捕するために家にやってきてドアをノックするところで終わるのだそうで、元々のタイトルも「入ってもよろしいですか」というものだったそうです。
私は読めていないのですが、『太陽がいっぱい』や『サブウェイパニック』のような、「犯人の破滅が観客に予期できた瞬間に切れ味鋭くエンドカード!」というタイプの作品だったのでしょうね)

これを60分のテレビドラマに仕立て直し、さらに演劇作品にしたものが『殺人処方箋』の原型で、「犯行計画とその破滅」だけでは30分ぐらいで終わってしまうので「あと30分」を埋めるために追加された要素が「犯人と刑事の論戦」だったというわけです。

あくまで私の見立てなのですが、レビンソンとリンクはそもそもは「倒叙観」(勝手な言葉をつくるな)としては乱歩にも近い「犯人の物語だから面白い」派だったんじゃないかと思っていまして、
本人たちの意図とは関係なく作劇上の要請から加わった要素が、コロンボさんという魅力的なキャラクターの誕生につながり、『刑事コロンボ』を特別な作品にしてくれたというのは面白いですよね。

三谷幸喜さんが「俺なりの新・刑事コロンボ」として始めた『古畑任三郎』はじめ、大倉崇裕先生の「福家警部補」シリーズや、深水黎一郎先生の『倒叙の四季』、倉知淳先生の『皇帝と拳銃と』、香納諒一先生の『完全犯罪の死角』など、「コロンボオマージュ」を銘打った作品は、いずれもこの「対決感」をこそフィーチャーしていることからも、コロンボを代表として「対決型倒叙」とサブジャンル名をつけちゃって良いくらいだと思います。

→バックトゥザフューチャーもやってたことだしパート③まで付き合って!