ツイッターで、童謡「すいかの名産地」の話をしました。

高田三九三先生、まじで童謡翻訳界のレジェンドで、「ジングルベル」「ロンドン橋落ちた」「メリーさんの羊」など手掛けた作品は数知れず。ミステリファン的注目ソングとしては「テン・リトル・インディアンズ」の翻訳なんかもやっています。

他作品を見る限り、基本的には韻やリズムに配慮しながらも原詞を尊重した手堅い訳をされる人なのですが、「すいかの名産地」だけは、原曲「Old McDonald has a farm」からマクドナルドさんも牧場も牛も何もかも取り去っての急な「スイカ推し」。唐突に表れる謎のトウモロコシの花婿と小麦の花嫁。最後までスイカ本体は出てこないほぼ映画『AKIRA』状態。ーーというカオスっぷりなのです。

そして色々検索してたら、すごく面白いnoteを発見しました。
『「すいかの名産地」をさがす旅(室内で)』


「すいかの名産地」の成立背景に関して、緻密な取材をまとめた素晴らしいレポートです。

こちらの「bxjp」さんによれば、

①登録上、また高田先生の認識としては「アメリカ民謡の訳詞」という扱いらしい
②昭和40年ごろに、「ユース・レクレーション協会理事長の上坂茂之氏」の依頼でつくられたらしい

というところまで分かっているようです。

「ユース・レクレーション協会」がよく分かりませんが(現存せず)、「bxjp」さんは名前から、「ボーイスカウト系の団体だったのでは」と推察しています。

また、「すいかの名産地」に関しては闇のポップカルチャー研究者の「AZERT」さんから連絡を頂き、

①アメリカでは「スイカ」は黒人差別のステレオタイプ・イメージに密接にかかわるアイテム
②小麦とトウモロコシはいずれもアメリカの主要栽培穀物であり、また擬人化されていることから、トウモロコシは金髪の白人、もしくはシンボルとしてネイティブ・アメリカンを、小麦は色の連想からアフリカンを示している可能性がある

上記のような、「この歌に込められている可能性がある人種差別のニュアンス」を指摘いただきました。

「bxjp」さんの調査(「高田先生は訳詞だったと認識している」「ボーイスカウト関係の団体の人の依頼でつくられたらしい」)と「AZERT」さんの指摘(「いかにも古いアメリカの民謡っぽい差別のニュアンスが感じられる」)、さらに高田先生の「本来、原詞に忠実な作風」を踏まえると、こんな仮説が導けます。

すなわち、「すいかの名産地」には直接的な「原詞」があったのではないか。

だとすると、「すいかの名産地」というあまりに印象的なフレーズは絶対に原詞にあったはずです。

調べたところ、イギリスのマザーグースに“DOWN BY THE BAY”という遊び歌を発見しました。

Down by the bay where the watermelons grow,
Back to my home,
I dare not go,
For if I do, my mother will say,
"Did you ever see a bear combing his hair?"

スイカが生えてる入り江のそばを下ったら
私のおうちへ帰る道。
だけど私は帰らない。
帰ったらママはこう言うもの。
「あなたは今まで見たことある? クマが髪をとかすとこ」


現在よく知られている形は、最後のママの台詞のバリエーションで6番まであり、いずれも
「クマ(bear)が髪(hair)をとかす」「猫(cat)が帽子(hat)をかぶる」「ガチョウ(goose)がヘラジカ(moose)にキスする」
など、韻を踏んだナンセンスな文章になっています。

英語版ウィキペディアのこの歌の項目などによれば、今でもボーイスカウトのキャンプで歌われる曲で、ママの台詞部分を即興でつくって回していく、パーティゲーム的な遊び方もできるのだそうです。

整理しましょう。ここからが私の辿り着いた「仮説」です。

1)イギリスの“DOWN BY THE BAY”がアメリカに持ち込まれ、“Old McDonald has a farm”の曲調で歌うバリエーションが19世紀後半~20世紀初頭に成立し、向こうのボーイスカウトなどのキャンプで歌われていた=「すいかの名産地・オリジン」

2)「オリジン」は、おそらくママの台詞部分が「5月(May)」と「とうもろこし(Maize)」、「小麦(Wheat)」と「結婚(Married)」でそれぞれ韻を踏む歌だった。
3)かつ、南北戦争の揺り戻し~アフリカン系住民の大移動期につくられた、黒人差別の匂いは確かに色濃く残るバリエーションであった。

4)子供を対象としたレクリエーションで歌う新しい曲を探していた、関連団体理事長の上坂茂之氏が、1965年より以前にまとめられたボーイスカウトの唱歌集を入手したか、あるいは現地で採集したかして、上記「すいかの名産地・オリジン」を知り、その翻訳を高田三九三氏に依頼した。
5)高田氏は、「すいかの名産地・オリジン」から、「子どもがレクリエーションで歌う歌だから」と「家に帰りたくない」というややネガティブなニュアンスを排除し、「結婚」の華やかなイメージを膨らませる形で訳詞を作成した(高田氏は「編曲」もつとめたと記録されている)。

6)日本で「すいかの名産地」が成立したのとほぼ軌を一にして、アメリカ本国では公民権運動の高まりから、公的な唱歌集などでは、黒人差別を含む「すいかの名産地・オリジン」は記載を避けられるようになり、忘れ去られてしまった。
7)そのため、のちに日本でオリジンを探そうとしても見つけられなくなった。

上記のような経緯があったのではないでしょうか?
もちろん、現時点ではエビデンスのない(「オリジン」にあたるような民謡を発見できていません)推測にすぎませんが、「すいかの名産地」は高田氏本人が言うように「原作破壊のカオスではなく、忠実な訳詞だったのではないか」という説はここに書き残しておきたいと思います。